ABRF,Inc.(荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所)代表 本間桃世さんインタビュー
自分の身体と向き合い、能力を引き出す住宅
凸凹の床に傾いた天井、鮮やかな色がふんだんに使われたカラフルな空間——。
三鷹天命反転住宅 In Memory of Helen Keller は、芸術家/建築家の荒川修作+マドリン・ギンズによって「死なないための住宅」として建築されました。私たちが抱く一般的な住宅の概念からはかけ離れた三鷹天命反転住宅。その一見奇妙な住宅に荒川修作とマドリン・ギンズが込めた願いとは? ABRF,Inc.(荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所)代表 本間 桃世さんにお話をお伺いしました。
「死なないための住宅」とは
「死」という言葉には、常に不安と恐怖がつきまといます。荒川修作とマドリン・ギンズも、死に対する恐怖を強く持っていました。しかし荒川とギンズは、それを天命として受け入れることを拒みました。
「荒川修作とマドリン・ギンズの生涯にわたる芸術活動は『天命反転』(reversible destiny) という言葉に集約されています。天命、つまり定められて覆すことができないものを反転させて考えてみるという思想です。天命の最も極端なものとして、死があります。死は誰にとっても避けられないものと考えられています。しかし、『自分は死なないかもしれない』と想像してみるとどうでしょう? 死なないなら貯金もいらないかも知れない。土地や家を持つ必要もないかも知れない。いろんな可能性が浮かんできますよね。ちょっとした発想の転換ですが、生きていく上での視点がガラリと変わります」(本間さん)
そして荒川とギンズは、天命反転の最も先鋭的なものの実践として、「死なないための住宅」と宣言し、三鷹天命反転住宅を作り上げました。
荒川とギンズにとって、死とは医学的な死を意味するわけではありません。むしろ荒川とギンズは、医学的観点から一元的に死が定義されることに強い抵抗感を持っていました。人間とはいかなる存在であるのかという問いは哲学の本質であり、未だ解答の得られていない問題です。荒川とギンズは、自分自身が何者なのかを理解しないまま一面的な見方で死を定義し、それを天命として受け入れることを拒絶したのです。私たち人間とはいかなる存在なのか、その認識が変われば、死に対する認識も変わり、死ななくなることも可能になると信じて、荒川とギンズは死という天命に対して戦いを挑んだのです。
荒川とギンズは死との闘争において、最も重要な役割を果たすものとして建築に注目しました。私たち一人ひとりの身体が主役になる建築を作ることで、新たな生命のあり方を提唱し、「死なない」を実践しようと考えたのです。その実践として生まれたのが、三鷹天命反転住宅です。
人間本来の体の能力を引き出すために
私たちは平等に、一人ひとつずつ身体を持っています。普段は意識しませんが、転びそうになるととっさに手を出して体を支えたり、グラグラした足場でもバランスを取って歩いたり、身体には素晴らしい能力が備わっています。死なないためには、こうした人間の身体の能力を信じ、もっと引き出すことが必要だと、荒川とギンズは考えました。三鷹天明反転住宅には、そうした人間の身体と五感を刺激する仕掛けにあふれています。
三鷹天命反転住宅を訪れたとき、まず目を奪われるカラフルな内外装にも、工夫が凝らされています。内外装には全部で 14 色使われていて、どこから見ても 6 色以上が目に入るようになっています。人間は一般的に6色以上になると情報が多すぎて混乱を避けるために個別の色を認識せず、ただ『カラフルだ』と認識するようになります。これは一見人工的なようですが、実はその背景には、自然を住宅の中に取り入れたいという荒川とギンズの思いがありました。
「淡いグリーンや生成りなど、淡い色合いを『ナチュラルカラー』などと呼んだりしますが、実際は、自然は色で満ち溢れています。四季を通じた緑の変化や、高山植物の驚くほどビビッドな色彩など、動物にとっては色に溢れている環境こそが自然なんです」(本間さん)
次に本間さんは、大小の凸凹が並ぶ床についても説明してくれました。
「荒川は日本家屋の昔ながらの技術を高く評価していて、特に三和土(たたき)は、外からの延長であり、家の一部でもある素晴らしい空間だと言っていました。三和土に降りる時に下駄を履いたり踏み締めたりしているうちに、住んでいる人たちの生活に準じた凸凹が自然と出来上がります。三鷹天命反転住宅の床はそのイメージで作ったものです」
できるだけ土に近いものをということで、床は土とモルタルを混ぜて作られました。左官職人にお願いして、大人の土踏まずくらいの凸と、子どもの土踏まずくらいの凸を、ランダムに手作業で並べてもらったといいます。
「最初は凸凹の床の上をうまく歩けなかった人も、次第に身体の能力が引き出されて、やがてスムーズに移動できるようになります。しばらく住むと、凸凹は全て手作りですので、目を閉じていても足裏の感触で自分がどこにいるのかわかるようになります。目の見えない方にとっては、それが最高のガイドにもなるのです」(本間さん)
そして、三鷹天命反転住宅で一番有名と言っても過言ではない球体の小部屋。これももちろん、身体に働きかける仕掛けの一つだと本間さんは言います。
「見学会などでいらしたお子さんは、何も言わなくてもまずこの丸い部屋にワッと走っていきますね(笑)理屈ではなくて、身体がそこに呼ばれるんでしょうね。また、実際に入っていただくとわかると思いますが、丸い部屋にいると、人は包まれるような安心感を抱きます。過去に見学会でいらした自閉症のお子さんが、この球体の部屋の中に入った途端にスッと落ち着いたこともありました」
ものの意味はひとつではない
荒川とギンズは、ものの見方がたった一つに固定されることを嫌いました。それは住宅でも同じでした。
三鷹養老反転住宅でもうひとつ特徴的なこととして、使う人によって用途が変わるさまざまな設備が挙げられます。
「私たちは一人ひとりちがう身体を持っています。目の見えない方や、耳の聴こえない方、ゆっくりとしか歩けない方もいますし、逆に子どもたちは、元気いっぱいでエネルギーを持て余しています。身体の状況がちがう人間に、同じように動けと言っても無理ですよね。三鷹天命反転住宅では、一人ひとりの身体の状況によって使い方が変わるさまざまな仕掛けを提案しています」(本間さん)
たとえば、室内に何本も立っているポール。これは、子どもたちにとっては登り棒となる一方で、お年寄りの方にとっては立ち上がるときの手すりになります。同じものであっても、身体の状況によって最適な使い方は異なっていいはずだと、荒川とギンズは考えたのです。
荒川とギンズの考えは昨今のバリアフリーの流れと対立し、批判に晒されることも少なくはなかったそうです。確かに、身体の状況によってはバリアフリーは非常に役に立ちます。しかし、身体に少しの不自由を抱えているけれど、日常生活には支障がない人にまで、完全バリアフリーを適応する必要が果たしてあるのでしょうか?身体に少しの不自由があっても、いや、あるからこそ、身体の能力を引き出す工夫をすべきだと、荒川とギンズは考えていました。その思想はバリアフリーの精神と共存も可能ではないでしょうか。
そうした思いを込め、荒川とギンズは三鷹反転住宅 In Memory of Helen Keller(ヘレン ケラーのために)と名付けました。ヘレン・ケラーは目が見えず、耳も聴こえませんでしたが、自分自身で独自の感覚を作り出しました。ヘレン・ケラーが体現したように、人間の身体には私たち自身も気付いていない力が眠っています。それを呼び起こすことこそが、「死なない」ためには重要なのです。
見え方のちがいは価値観さえ揺るがす
ものの持つ意味はひとつではないという荒川とギンズの信念は、一人ひとりちがう使い方ができる設備だけでなく、三鷹天命反転住宅の至る所で現れています。その代表が、斜めになった床と天井です。
「三鷹天命反転住宅はどの部屋も、天井が高いところは床が低く、逆に天井が低いところは床が高くなっています。人間は物体の大きさを背景に依存して判断しますので、天井が高く、床が低いところに立つと実際以上に小さく見え、逆に天井が低く、床が高いところに立つと実際以上に大きく見えます」(本間さん)
斜めになった床と天井のせいで、同じ人でも、立つ場所によって大きさが全然ちがって感じられるというわけです。荒川とギンズは、物体だけではなく、人間すらも自身の持つ意味を時と場合によって変容させるということを、この錯視を取り入れた空間によってみごとに表現してみせたのです。
『ただ大きさがちがって見えるだけで大げさな』と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実際、その効果は非常に大きなものでした。
「大学の先生にお伺いした話ですが、先生は天井が高く、床が低い場所、つまり身体が小さく見える場所に立ってお話をされたそうです。すると、普段はあまり発言しない学生さんも積極的に発言して、非常に議論が盛り上がったということでした。これは、『先生ってあんなに小さかったんだ』と学生さんたち自身が身をもって感じたことで、無意識のうちに精神的な変化が生じた結果だと考えられます」(本間さん)
こうした錯視による心理的な効果にはまだ十分な科学的裏付けがあるわけではありません。しかし、私たち人間は情報収集の大部分を視覚に頼る動物なので、目からの情報の変化が無意識の変化につながっても不思議はありません。
現在、三鷹天命反転住宅ではテレワークプランも設定されています。この斜めになった天井と床に立って会議をすれば、メンバーのいつもとちがう顔を見ることができるかもしれません。
「居は気を移す」
最後に、実際に三鷹天命反転住宅で生活する人たちにどのような変化があったか、本間さんに聞いてみました。
「三鷹天命反転住宅に住み始めて、適正体重になったという方は多いですね。身体の能力が引き出されて、自然と適性体重に落ち着くのではないかと思います。たとえば、三鷹天命反転住宅にはたくさんの窓があり、時間の間隔が鍛えられます。朝日を浴びることで体内時計のリズムを整えることができるようになります。体内時計は肥満や睡眠に深く関わっていますので、体調に直結します」
荒川修作は住宅の持つ力を信じ、住宅は毒にも薬にもなると考えていました。因果関係が証明されたわけではありませんが、過去に三鷹天命反転住宅に住んで花粉症が治った方もいたと言います。
「荒川は『居は気を移す』という中国戦国時代の思想家である孟子の格言を好んで引用しました。これは、住居は知らぬ間に住む人に影響して、気持ちや気性を変えてしまうという意味です」(本間さん)
ユニバーサルデザインが叫ばれて久しい昨今、その流れに逆行する三鷹養老反転住宅。物議をかもすそのデザインの根幹には、住宅を媒介として人間の身体の力を極限まで引き出したいという荒川とギンズの思いが込められていました。
2021.07.12
執筆:椿玲未
聞き手:長谷川晃一
How it AFFECTs us? 環境は私たちにどんな影響を与えているのでしょうか
身体はあくまで環境の一部。
環境と自分の身体を切り離して考えるのではなく、
自分の身体と向き合う住まいを。
本間桃世さん
荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所 (Coordinologist, Inc.) 代表。
Reversible Destiny Foundation (荒川+ギンズ財団、ニューヨーク)理事。
武蔵野美術大学卒業後、国際機関、NGOを通じて主に海外での美術教育の仕事に携わる。Fundación PERSONA(サンホセ、コスタリカ)副代表、Taller PRESENTE主宰。‘98年に5年間の中米滞在を経て帰国後、中米・カリブ地域の美術研究、文化交流の仕事を続ける中、1999年に荒川修作と出会う。2002年に荒川修作+マドリン・ギンズの東京事務所を開設、ニューヨークの財団本部と連携を図りつつ、主に国内での荒川+ギンズの活動を多方面から支える。